東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1605号 判決 1974年3月20日
控訴人 塩野目テルエ
右訴訟代理人弁護士 赤津三郎
被控訴人 株式会社水戸木材市場
右代表者代表取締役 鈴木重明
被控訴人 栗原修
右両名訴訟代理人弁護士 原田策司
同 相沢建志
主文
原判決を取り消す。
被控訴人両名は、各自、控訴人に対し、金二〇万六、六八七円及び内金一八万七、八九八円に対する昭和四四年二月二二日から完済まで、内金一万八、七八九円に対する昭和四六年二月一一日から完済まで、各年五分の金員の支払をせよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五〇分し、その四九を控訴人の負担とし、その一を被控訴人らの連帯負担とする。
この判決は、金員の支払を命ずる部分にかぎり、仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、連帯して、控訴人に対し、金一、〇〇四万九、八六一円及び内金九一三万六、二三八円に対する昭和四四年二月二二日から、内金九一万三、六二三円に対する昭和四六年二月一一日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴代理人において、後記のように主張を変更し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。
(控訴代理人の主張)
一、原判決四枚目表八行目「金四三三万一、二九八円」を「金六五一万一、三五四円」と、同裏三行目「三一・三一年間」を「三三・二〇年間」と同裏四行目「前記のように」から同裏一〇行目までを次のように訂正する。
現代の日本経済界の動向より見るとき、労働者の賃金は、賞与等を含め、年々上昇の一途を辿っているので、控訴人の逸失利益を算定する場合には女子労働者の平均賃金を基にして計上するのが妥当である。
労働省労働統計調査部編昭和四六年賃金構造基本統計調査にかかる第一巻第二表によると、女子労働者の年令階級別年間平均収入は、別表一の如くであり、従って、控訴人が六三才まで就労し得たことによる逸失利益の昭和四七年三月現在の現価をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求めると、別表二の如く、金六五一万一、三五四円となる。
二、原判決五枚目表六行目「金八六五万一、四六四円」を「金一、〇八三万一、五二〇円」と、同九行目「金六九五万六、一八二円」を「金九一三万六、二三八円」と、同一〇行目及び同五枚目裏四行目「金六九万五、六一八円」を「金九一万三、六二三円」と、同五枚目裏二行目「金七六五万一、八〇〇円」を「金一、〇〇四万九、八六一円」と、同三行目「金六九五万六、一八二円」を「金九一三万六、二三八円」と各訂正する。
理由
当裁判所の判断は、原判決を次のとおり訂正するほか、原判決の理由と同一であるので、これを引用する。
一、≪証拠訂正省略≫と各訂正し、同一一枚目表一行目「上り坂の頂上」の次に「(ここから事故現場までの距離は約五〇メートル)」を加える。
二、原判決一一枚目裏四行目「本件事故現場」から同一二枚目表一〇行目までを次のとおり訂正する。
「本件交差点における被告車の進行道路の幅員は、原告車の進行道路の幅員より明らかに広いのであるから、右交差点における通行のみについていえば、被告車に優先通行権が与えられているので、一般的な徐行義務はないのであるが、被告車の進行道路は、右交差点附近から西方約五〇メートルの地点まではやゝ下り気味であるが、概ね、水平にして、同地点から西方に向って下り坂になっているのであるから、西方から東方に走って来てこの坂の頂上附近を通過するに当っては、下方からの見透しが制限されるので、徐行すべきであるのに、被告栗原は、右義務に違反し、時速約六〇キロメートルのままで頂上附近を通過し、本件事故現場の手前約三五メートルの地点において、被告車に気付かずに本件交差点を横断しようとしていた原告車を発見したのであるが、このような具体的状況の下においては、一般的には優先通行権があるとはいえ、事故の発生を未然に防止するため、一時停止あるいは極力減速し、かつ、警音器を吹鳴して原告に危険を知らしめる措置を採るべき注意義務があるのに拘らず、この義務を怠り、原告において一時停止するものと軽信し、やゝ減速したままで進行したが、減速前の速度が徐行義務に違反した時速約六〇キロメートルであったため、事故防止に必要な減速をなしえず、ために、本件事故を発生せしめたものであるので、本件事故の原因は、原告の過失もさることながら、上り坂の頂上附近を徐行すべき一般的義務及び前記具体的情況下における個別的義務に違反した被告栗原の過失にもこれを求めるべきである。
三、原判決一二枚目裏一一行目「八」を「二」と、同一二行目「二」を「一」と各訂正する。(即ち、過失割合を控訴人二、被控訴人一とする)
四、≪証拠訂正省略≫
五、原判決一四枚目表二行目から同裏五行目までを削る。
六、原判決一四枚目裏六行目以下を次のとおり訂正する。
2、逸失利益
わが国における労働者の賃金が年々増加していることは公知の事実であるので、控訴人の逸失利益を算定するに当っては、被害者救済の観点から、信頼すべき賃金統計により事故後の収入を推計するのが相当である。
労働大臣官房労働統計調査部賃金統計課編集にかかる賃金構造基本統計調査報告は、昭和四七年度まで発表されているので、控訴人の得べかりし収入は、昭和四七年一二月三一日までの分は、右統計を参酌して求め、昭和四八年一月一日以降の分については、将来の収入増を把握する資料がないので、昭和四七年度の収入を基準とし、これの労働可能年数における総額の昭和四八年一月一日現在の現価を求める方法により求め、この場合の現価は、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求めるのが相当である。(現実の利息計算が複利式であることからすれば、理論的にはライプニッツ方式によるべきであるが、これに比べ被害者に有利なホフマン方式によることにより、事実上、将来の推定不能な昇給額をもある程度加味できるので、本件のような労働可能年数においては、同方式による方が公平に適すると考える。)≪証拠省略≫によると、控訴人は、大正一五年三月二四日生れであることが認められるので、本件事故当時四二才であり、≪証拠省略≫によると、控訴人は、日立市内にある常磐金属工業株式会社に勤務し、同会社鋳物工場において雑役夫として卓上ボール盤の開孔作業等の肉体労働に従事し、同会社から、給与手取額として、昭和四三年一一月分二六、六三四円(稼働日数二四日分)、同年一二月分二七、六二七円(稼働日数二五日分)、昭和四四年一月分二一、九三八円(稼働日数二三日分)をそれぞれ支給されたこと、毎月の給与のほか賞与として、昭和四三年六月に約二万円、同年一二月に二三、〇〇〇円支給されたこと及び控訴人は昭和四七年三月一日同会社を解雇されたが、昭和四四年二月分からの給与の支給を打ち切られたことが認められる。事故直前三ヶ月の右給与からすると、控訴人の昭和四四年度における月額給与は平均二六、〇〇〇円、年間賞与は、年間給与の一四・七%と認めるのが相当である。前記調査報告によると、茨城県下における年令四〇才以上五〇才未満の労働者の賞与等を除く月間給与の平均(控訴人は全国平均額を主張するが、控訴人の就労地が茨城県であるので同県での平均額によるものとする。)は、昭和四四年度二七、五〇〇円、昭和四五年度三四、一〇〇円、昭和四六年度三九、七〇〇円、昭和四七年度四三、三〇〇円にして、控訴人の昭和四四年度の月間給与二六、〇〇〇円は、昭和四四年度の茨城県下の右月間平均給与の九四・五%に当るので、控訴人は、本件事故がなかったならば、茨城県下の労働者の右月間平均給与の九四・五%の収入のほか、右年間給与の一四・七%に相当する賞与が支給されるものと推定するのが相当であり、右の推定を基に控訴人の昭和四四年一月一日から昭和四七年一二月三一日までの収入を計算すると次表により、その総収入は一八八万〇、九六〇円になる。
年 度
月間給与(円)
年間給与(円)
年間賞与(円)
年間総収入(円)
昭和四四年
二六、〇〇〇
三一二、〇〇〇
四五、八六四
三五七、八六四
昭和四五年
三二、二二四
三八六、六八八
五六、八四三
四四三、五三一
昭和四六年
三七、五一六
四五〇、一九二
六六、一七八
五一六、三七〇
昭和四七年
四〇、九一八
四九一、〇一六
七二、一七九
五六三、一九五
≪証拠省略≫によると、控訴人は通常の健康体であったことが認められるので、控訴人の前記業種からすると、控訴人は、統計上認められる平均余命年数の範囲内である六三才まで右業種に従事しうるものと認めるのが相当であり、昭和六三年三月三一日まで働くものとし、昭和四八年一月一日から昭和六三年三月三一日までの月間給与四〇、九一八円による給与総額の昭和四八年一月一日現在における現価ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求めると五、五五六、六六六〇円(四〇、九一八円×一三五・七九九九)となり、この間における賞与の総額の昭和四八年一月一日現在における現価は、右と同じ方法によって求められる昭和四八年一月一日から昭和六二年一二月三一日までの給与総額の昭和四八年一月一日現在における現価五、四八六、八四六円(四〇、九一八円×一三四・〇九三七)の一四・七%に当る八〇六、五六六円であるので、控訴人の昭和四四年一月一日から昭和六三年三月三一日までの得べかりし総収入の昭和四八年一月一日現在における現価は以上の三者を合計した八、二四四、一八六円である。
≪証拠省略≫によると、控訴人は、本件事故による前記傷害により、両下肢痙性不全麻痺をはじめ、左肩関節部運動制限の後遺症を残し、回復の見込みなく、筋肉労働に従事することが不能となり、その障害の程度は、労働者災害補償保険法にいう第六級に該当し(≪証拠判断省略≫)、これにともない、労働能力喪失率六七%となり、得べかりし収入も同率で低下したことが認められる。控訴人は、前記のように、昭和四五年三月一七日退院したのであるが、その後同年一〇月二三日まで前記日立港病院に通院し、その後は自宅治療し、昭和四七年三月一日筋肉労働は不能で回復の見込みがなくなったとして勤務先会社を解雇されたのである。従って、本件事故による休業を相当とする期間は昭和四七年二月末日までと考えられるので、この間の休業損失は、前記収入の全額により計算し、同年三月一日以降の逸失利益は、前記収入の六七%により計算すると、両者の総額は、次表により五、九六三、四四一円となる。
期 間
給与(円)
賞与(円)
計(円)
昭和44・2・1―昭和44・12・31
二八六、〇〇〇
四五、八六四
三三一、八六四
昭和45・1・1―昭和45・12・31
三八六、六八八
五六、八四三
四四三、五三一
昭和46・1・1―昭和46・12・31
四五〇、一九二
六六、一七八
五一六、三七〇
昭和47・1・1―昭和47・2・28
八一、八三六
八一、八三六
昭和47・3・1―昭和47・12・31
二七四、一五〇
五二、三二九
三二六、四七九
昭和48・1・1―昭和63・3・31
三、七二二、九六二
五四〇、三九九
四、二六三、三六一
総 計
五、九六三、四四一
3、慰藉料
前認定の控訴人の障害の程度、年令のほか、≪証拠省略≫の結果認められる控訴人が現在長男と同居し、家事の世話をしている事実等諸般の事情を考慮するとき、慰藉料の額は金二〇〇万円を相当とする。
4、控訴人の本件事故による損害は、治療費一、四三九、五三五円、通院交通費三四、四四〇円、入院諸雑費一一六、七〇〇円、休業損害及び逸失利益計五、九六三、四四一円、慰藉料二〇〇万円、合計金九、五五四、一一六円であるところ、前認定の控訴人の過失を斟酌するとき、被控訴人らに請求しうる額は、その三分の一の三、一八四、七〇五円ということになる。
≪証拠省略≫によると、前記治療費のうち一、三〇一、五二五円は被控訴会社において支払済なることが認められ、また、保険会社から一、二五〇、〇〇〇円の損害補償を受けたほか、被控訴会社からも休業損害補償として四四五、二八二円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないのであるから、合計二、九九六、八〇七円となり、被控訴人らに請求できる損害賠償のうち弁護士費用を除く分は、右填補された分を控除した金一八万七、八九八円となり、被控訴人らに請求しうる弁護士費用は、右認容額の一割に当る一万八、七八九円を相当とする。
5、以上の如く、控訴人の本訴請求は、右合計金二〇万六、六八七円及び内金一八万七、八九八円に対する不法行為の日である昭和四四年二月二二日から完済まで、内金一万八、七八九円に対する訴状送達の翌日なること記録上明らかな昭和四六年二月一一日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金を連帯して求める限度において正当として認容し、その余の請求は棄却すべく、本訴請求を全部棄却した原判決は不当であるので取り消し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤利夫 裁判官 小山俊彦 山田二郎)
<以下省略>